ITフリーランスが好き勝手に綴るメモ帳
2025年10月20日月曜日
ITは人工知能の夢を見るか
2024年3月6日水曜日
一人親方始めました
能登半島地震で始まった2024年、この年の2月で会社員を辞め
3月より個人事業主として残りの人生を過ごすことにしました。
なんでもアノ界隈😎では2024年てのは、年始の大地震だけでなく
とても大きなことが起きるらしいのですが
私に起きたファーストインパクトは「脱サラ」でした。
前職の退職自体は昨年の春頃から決まっていましたが
フリーランスになる決意はひょんなことから決まり、自分でもなんで決意できたんだろうと思い返すと、それも必然だったのではないかと納得できることが色々ありました。
会社員時代は
「システム開発は好きだし、もっとたくさん知識付けたいけど、この仕事はとてつもなくつまらなく、もはや嫌いになりそう」
な程フラストレーションが溜まっていました。
どんなにお客様と打ち合わせしても、結局会社(上司)の意向が優先されてしまうので、『こうしたほうがいいのに』という意見も全く通らず
あとからユーザーに「え、なんでこうなっちゃったの?」と言われて自分がなんとか謝って認めてもらうということがしばしば。
そんなことが続き、低予算・短納期な上に理不尽な社内からの前倒し要求が重なり、本当は好きなはずなのに『キライになったほうがましだ』という考えが徐々に頭の中を埋めるようになりました。
会社の方針転換等もあり、もう地元に戻って他の仕事を探そうと思っていた時に
そんな簡単に見つかるわけもないので、「とりあえず」くらいの動機で案件紹介のサービスに登録したところ
「当社の案件をご紹介するにあたって、個人事業主になっていただく必要があります」
「はあ、わかりました」
で話が進み、サービス会社への登録が終わってから
「あれ?よかったのかなこれで」
とは思ったけど、これが最初のきっかけ。
でも、地元で何かするにしても、どこかの会社にはいれば結局その会社の方針に従って仕事をしなければならないし、それはどんな職種でも同じことで、じゃあ独立してしまうのもアリかな、と考えるようになりました。
その後、その考えを後押しするようなことがチラホラとあり、3月を待って開業届を提出し、無事に受領され現在に至ります。
まあ、嫁サマからの反対はありましたけど。
でもですね、自分の年齢を考えると、人生80年時代とか言われてますが
ごく一部の人を除いてせいぜい今と同じように動けるのって、70代前半が限界かなと
俗にいう健康寿命ってやつですね
結婚して子供が生まれてあっという間に30年が過ぎて、じゃあ健康寿命まであと20年切ってしまって、子育て終わって自分の時間ができたといっても、日本政府が言うように70まで必死に働いたとして、残りの人生で残された時間何ができるんだろう
って考えると、ぶっちゃけ
「タヒぬの待つだけじゃねーか」
と。
健康面でのリスクや肉体・頭脳の経年劣化を考慮すると、好きなことできるのはおそらく75歳くらいまで。
健康で長生きするために、あれこれ節制して色々なことに注意して出来る範囲でできることだけをするために毎日意識高くもって暮らす人生は嫌です。そこまでして80だ90だまで長生きしたいとは思えなかったのです。
70代まで好きなことをして、それから先はオマケの人生です。
それまで残り十数年しかないと考えたとき、好きなことしたいなら、折角ITエンジニアとして今まで苦労してきた分、これを活かして好きなことをするにはフリーランスしかない。
が私の結論でした。
そんなこんなで、このブログではフリーランスになってからのことを中心に書いていきたいと思います。
ITは人工知能の夢を見るか
いつものように、ふと深夜に覚醒してしまい、ウトウトしていた時に勝手に頭が考え事を始めたのでそれをそのまま残す。 タイトルにあるのは、その内容を少し脚色したもの。 はじめに考えていたのは、複数のAIと人間が入り混じった1人ブレストアプリ作れないかなあ、というもの。 どこかの研究者が...
-
いつものように、ふと深夜に覚醒してしまい、ウトウトしていた時に勝手に頭が考え事を始めたのでそれをそのまま残す。 タイトルにあるのは、その内容を少し脚色したもの。 はじめに考えていたのは、複数のAIと人間が入り混じった1人ブレストアプリ作れないかなあ、というもの。 どこかの研究者が...
-
能登半島地震で始まった2024年、この年の2月で会社員を辞め 3月より個人事業主として残りの人生を過ごすことにしました。 なんでもアノ界隈😎では2024年てのは、年始の大地震だけでなく とても大きなことが起きるらしいのですが 私に起きたファーストインパクトは「脱サラ」でした。 ...